いんたーねっと日記

141文字以上のものを書くところ

修士論文を提出しました

先日、無事に修士論文を提出しました。 あとは最終発表さえこなせば、修士(政策・メディア)という謎の肩書きをゲットできるはずです。 研究の内容などについてはいずれちゃんと紹介することにして、このエントリーでは学生生活を振り返る感じのことを書きます。

大学院に入った理由

大学院に入ったのは、「シューカツしたくなかった」というのと「まだ勉強不足だと思った」というのが理由だった。

もともと、大学を卒業したら何をしようとか考えが及ばなくて、 情報系の研究室にいたしインターネット漬けの生活をしていたので、 漠然と「まあWeb関係の仕事をするんだろうな」くらいにしか考えていなかった。 働くことに対する意欲もあまりなくて、できれば働きたくないしお金も生きていける程度にあればいいや程度に考えていた。

当時は今よりずっと鬱屈とした性格をしていて、ただひたすらシューカツを否定的に捉えていて、 「シューカツしたくないなー」とか思っていたらいつの間にか同期のひとたちがシューカツをする時期になっていた。 没個性的なスーツを着て没個性的なプロフィールを書いてとにかく周囲に合わせて行動するというのが本当に嫌だったし、 シューカツを理由に授業を休む人がたくさんいるのを見て、こんな自由のない生活になるのは嫌だと思っていた。 加えて、当時は「意識の高い学生」みたいなキラキラした人たちに対して必要以上に激しい憎悪を抱いていて、 そういう人たちが「学生時代に学生団体のリーダーシップを云々!」みたいなことをアピールしてるところに行きたくなかった。 そういうアピールが有効にはたらくような場所では根暗でインターネット漬けの僕は絶対に負けるし、そんな土俵に立ちたくなかった。

学部の頃、同期のなかではプログラミングができるほうだったのもあって、 もしそういうキラキラした人たちに勝てるとしたらプログラミングしかないと思っていた。 ところが、その腕前もまだキャンパス内で上位のほうというだけだった(と当時は思っていた)。 僕のいたキャンパスは日本のインターネットの父がいたりするし、 学生はPCを持ち歩くのが普通だし、世間的には情報系に強いイメージだと思う。 ところが実際はそうでもなくて、まあ必修科目だからプログラミングはするけど、 Hello worldしてwhile文が書ければそれで終わりという人も多いし、 研究室も情報系とはいえガリガリとコードを書く感じではなかった。 そういう環境で育っているので、周りの技術力は信用できなかったし、 そんな集団の1人である自分の技術力も本当に通用するものなのか疑わしかった。 一方でインターネットで見かけるガチの情報系学部や高専生の人はあまりに技術力が高すぎて、 とても敵う気がしなかった。

今思えばそこまで気にすることではなかったのだけど、 当時は「今のままプログラマーとして就職したら死ぬか殺される」くらいに思っていた。 Webサービスやソフトウェアを作っている人たちは本当にものすごい力を持っているように思えたし、 そういう力も無しに就職なんてしたら地獄の研修で殺されるかしかないと思っていた。

そういうふうに考えると、大学院に進学したのはほとんど逃げだった。 シューカツも地獄のような研修も嫌だし、それを逃れる力を持っていなかった。 そういう状態だったので、研究それ自体へのモチベーションは元々そんなに高くなかったのかもしれない。

研究のこと

そもそも、2年生のときから研究会(ゼミ)にいたのに、 学部の最後のほうまで研究というものが何なのかいまいちわかっていなかったような気がする。

僕が学部に入学した2007年度は、大学のカリキュラムが大きく変わった年だった。 それまで任意だった研究会と卒業論文は卒業に必要な科目ということになったし、 そのせいなのか、僕が一般入試で出された小論文の問題は「あなたが教授だったらどんな研究をしますか」というもので、 資料は2007年度からの授業のリストだった。 1年生のときには先生たちが自分の研究を週替りで紹介するような授業も受けさせられた。 その変化と、変化を迎えた先生たちの熱意もあって、当時は否応なしに「研究」を意識させられた。

ところが、その「研究」が具体的に何なのかはあまり説明されなかった。 もしかしたら毎回1限に開講されていた授業だったし、だるくて毎回寝ていたせいで聞いてなかっただけなのかもしれないけど。 どの先生も、自分のプロジェクトで作ったものであるとか、TVで紹介されたときの映像であるとかを紹介するのだけど、 では研究者というものが普段どういうことをして研究生活をしているのかということは全く説明されなかった。 論文とか学会のこととか、この研究者がこういう理由ですごく偉いとか、そういう話はほとんど知らないままだった。

そんな状態で2年生になるとき、研究会を履修しなきゃいけないという意識になって、研究会を選んだ。 選んだ基準はWebサイトに研究成果として載っている作品が面白かったことと、 候補にしていたほかの研究会と比べておしゃれっぽいことをしていたこと、 そして昔使っていたソフトの作者がいたことだった。

普通の研究室だと、先輩が後輩の面倒をみる制度が確立していたり、先生がテーマを提案してくれたり、先輩のテーマを後輩が引き継いだり、 プロジェクトをグループで進めていたりしているみたいだけど、 僕の入ったところはそういう仕組みが一切なくて、個人がやりたいことをやりたいように進めていた。 おかげで好き勝手に自由なことができていたけど、学会とか論文みたいな具体的な目標もなくて、曖昧な進め方をしていた。

研究会ではいろいろとプログラムを書いたりしていたけど、どれも研究とは言いがたいようなものばかりだった。 学部の4年生になって、英語の論文を読んだり自分で学会投稿論文や卒業論文を書いてから、 ようやく論文というものがどういうものなのか、なんとなくするようになった。

大学院生活

大学院に入る直前の2011年3月11日、東日本大震災が発生した。そのせいで授業の開始が1ヶ月先送りされた。 この1ヶ月のあいだ、何かもっとためになる行動を何かしていればよかったのに何もしていなかったのは大学院生活でいちばん後悔するべきだったと思う。 毎日寝て過ごして、起きたら夕方だったなんていうこともよくあった。

1ヶ月のニート期間が終わると、怒涛の授業が始まった。 1ヶ月休みだった部分をカバーするために、1ヶ月に1回か2回は日曜日に授業があったし、 当時はバイトの掛け持ちもあったので、心休まる日が2週間に1日なんていうこともあった。 この学期は本当にまともな研究をしていなくて、 もし2011年3月からやり直せるのならここでバイトの掛け持ちとか断ってちゃんと研究活動をしたいと思う。

大学院で一番よかったのは、大学院のネットワークの管理運営に関わる仕事をできたことで、 このおかげで情報系のほかの研究室の友達ができたし、 なによりそれまで自己流だったサーバーやネットワークの管理のちゃんとした知識が得られた。 僕の研究室は情報系としてはゆるふわな感じで、ほかの情報系の研究室からは若干孤立している感じがあって、 本当にガチ情報系の人たちと知り合う機会はほとんどなかった。

2011年の秋学期には、後輩の学部生の発言を見て学内向けのWebサービスを作った。 これは2012年の秋学期まで稼働させた。

とはいえ、研究のほうはあんまりパッとしなくて、 修士1年のころの論文は0本だったし、自分でもまともに成果が出ずに悶々としていた。 震災のせいで出鼻を挫かれたという気分もあるけど、これは正直に自分のせいだと認めざるを得ない。 修士2年になってようやく修論のテーマが定まって、やっと研究らしくなった。 今年は修士論文以外にも論文を2本書いたし(1本は第2著者だけど)、もっと早くこういうモードに入るべきだったと思う。

学生生活の終わりに向けて

10月の頭に、それまで住んでいた大学の近くの家を引き払って都内に引っ越した。 卒業後は現在のバイト先でそのまま働くことになって、会社の近くに住んで半年間はそこから学校に通うことにした。 あたらしい家から学校まで2時間近くかかるので、週1回か2回は学校に泊まるような生活をして、 そのために研究室の僕の席の後ろにキャンプ用のベッドを常設して、 修士論文を書く頃には鍋とかザルとかの簡単な調理器具も持ち込んだ。

大学の近くの家は、新宿まで出るのに1時間半近くかかるような場所で、 生活に不便はないけど動きまわるのにはいろいろと不便だった。 なにより、深夜まで学校で作業してそのまま朝まで研究室で寝ているなんていう生活をするのであれば、 わざわざ学校の近くに住んでいる必要がなかった。 中途半端に都心に行けてしまうような場所に住んでいると、都心に行くような用事も案外多くて、 そのたびに1時間以上電車に乗って片道500円以上のお金を払うのが嫌だった。 定期券さえ買ってしまえば、学校以外の用事はほとんどが都内だし都内に住んでいる方がいろいろと都合が良かった。

10月の中間発表が終わって、修士論文の執筆に向けて、とりあえず学部のときに同期が作った卒業論文のテンプレートを修正して修士論文のテンプレートを作った。 修士論文はGitHubにPrivate Projectを作って管理して、大学院の同期3人でお互いをCollaboratorにして進捗を共有した。 12月の半ば頃からは、いつでも誰かしら大学に泊まっているような状態で進めた。 最終的に僕の修士論文は70ページを超えた。

修士論文を提出したとはいえ、まだ最終発表は残っているし、 これから2つも学会に出ることになっているので一段落というだけでしかない。 まだまだいろいろとやることがある。

大学院に入って何が学べたかというと、まだいまいちわからなくて、 なんとなく2年間を過ごしてきてしまったような感じはする。 ただし学部生の頃と現在とで一番違うのは、あの頃は自信もなく働くことにもネガティブだったことで、 今はとりあえず自分が何をできるのかわかっているつもりだし、それが生かせそうな場所も見つけている。 そういう意味で大学院の2年間は無駄ではなかったと思う。 とはいえ、大学を出たあとの2年間を、現在の大学生全員が大学院で過ごして幸せになれるとはとても思えないし、 正直なところ、何も考えずに誰に対しても進学を勧められるというわけではないように感じている。 やっぱり、何かを探求するようなことが好きで、それに向けて自分から動けるような人でないと2年間を無駄にしそうな気がする。

研究という行為自体に対する気持ちも薄れたわけではなくて、 むしろ大学院生活の終わりにさしかかるにつれて楽しくなってきてしまったのだけれども、 とりあえずしばらくは別のことをしてみるのがいいかなと思っている。 博士課程を勧められることもあるのだけど、今はそれをするときではない。 とりあえず今は修士課程の卒業までのことしか考えられていなくて、 卒業後に就職してどういう生活をしていくことになるのかまったくわかっていない。 博士課程は3年かかるし、3年間の生活といろいろな活動と、 それで得られるものを天秤にかけるにはまだ早い。

ひとまず、これから先の活躍に(ほどほどに)ご期待ください。

突然ですが、なにも考えずにFacebookで仕事の話題の投稿を毎日のようにしている方々に言いたいことがあります。

あなたのFacebook友達の中に、就職活動をしても職に就けず、仕事にありつくチャンスを得るためにFacebookをやっている人もいるかもしれません。少なくとも、わたしのFacebook友達の中にはいます。「そんなに仕事をしているのか!残業?毎日?」とか思うでしょう。実際本当にそういうコメントをしていた無職の人の投稿を見ました。

インターネットを通して、グローバル化しています。人類のための何ができるか考える人たちが増えて!と願います。あなたが毎日仕事をしていることを公表することによって人類幸せになるのでしょうか??

追記

元ネタ http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1739865.html

履修選抜.死ぬ.jp の開発・運営を今学期で終了します

1年前から 履修選抜.死ぬ.jp というWebサービスを運営しているのですが、今学期でこのサービスの運営はひとまず終了にします。

このサービスについての詳細は以前にも書いたのですが、履修選抜というのは授業の初回に履修希望者に課題を出して履修者を絞る慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス (SFC) の制度で、SFC-SFS(学内向けWebサイト)をクロールして履修選抜通過者の学籍番号を取得しているのですが、僕が来春修士課程を修了する予定でこのサイトにアクセスできなくなるので、終了せざるを得ない、という状態です。当然、このサイトで選抜結果が公表されたことを通知しているTwitterアカウント @SFC_selection も停止します。

SFCは学生の間からキャンパスの学生向けに面白いサービスや企画が出てくることも多いのですが、だいたいそういうものは中心となって作ったり盛り上げていったりする人が卒業したりしていなくなってしまうと一緒になくなってしまうものでした。キャンパス限定SNSだった(らしい)「SFC★MODE」は作った人たちが卒業したあと閉鎖され、Twitterに授業をtsudaる企画「sfcnote」も発起人が卒業してからすっかり忘れ去られてしまいました。無線LANアクセスポイントをキーに近くにいる人とチャットするシステムがあったみたいな話もあったはずですが、もはやちょっとググった程度では名前すらわからないレベルです。ほかにもバス関係とか授業関係とか、いろんなものが作者の卒業によって消えてなくなってしまいました。これらのサービスに比べると履修選抜.死ぬ.jpは全然大したものではないはずなのですが、それでもそこそこの人数のユーザー(現時点で@SFC_selectionには671人のフォロワーがいる)がいることを考えると、終了せざるを得ないのは非常にもったいないと思っています。

僕自身、こういう優れたものやもっとブラッシュアップしていけそうなものが現れては消えていくという状況は、このキャンパスに所属した5年半の間ずっとなんとかならないものかと思っていて、@SFC_wellness はかなり初期の段階から卒業後も動かすつもりで作ったりしていたのですが、SFC-SFSへのアクセスをどうしても必要とする履修選抜.死ぬ.jpだけはそういうわけにはいきませんでした。

誰か周囲の後輩に託してもいいのですが、せっかくSFC-SFS上で時間割が組める便利さを殺してWebサービス運営しろというのはなかなか言えるものではありません。ただでさえ全科目の履修希望登録が必要な上、今学期は、これまで以上にMy時間割の機能が重くなっていて、全科目が掲載された僕の時間割は日中にはまず間違いなく開くことができない状態で、授業を受ける上で必要な情報がSFC-SFS状にあっても閲覧すら難しい状況です。修士課程2年の僕は授業を全く履修する必要がないのでTAする授業の教室がわからなくなる以外には問題ないのですが、学部生にとってこの状況は危機的なものでしょう。

その上、SFC-SFSは学期ごとに微妙なマイナーチェンジが行われていて、毎回少しずつコードの修正が必要になります。SFC-SFSをクロールする部分は sfcsfs という gem になっているのですが、たぶん少しずつ使えなくなっていくはずです。

そういうわけで、3学期間にわたる 履修選抜.死ぬ.jp の運営は、このままの状況では、今学期を最後に終了することになります。もし上記に挙げた状況を理解した上で開発と運営を引き継ぎたいという方がいれば、サーバーのアカウントを発行して引き継ぐつもりですが、けっこう大変だと思います。

本当ならSFC-SFS上での履修選抜結果の閲覧がもっと便利になって、履修選抜.死ぬ.jpの必要がなくなることを期待していたのですが、ユーザビリティ上の改善が全く見られない上に今学期の絶望的なSFC-SFSサーバーの遅さを鑑みれば、それも無理といったところでしょう。

なお、同じようなことをしたい人のために、履修選抜.死ぬ.jpを作るのに必要なソースコードはGitHubに公開してあります。

履修選抜.死ぬ.jpや@SFC_selectionを便利だと言ってくれた皆様、紹介して下さった皆様、記事にしてくださったSFC CLIPの皆様、「死ぬ.jp」を取得するきっかけを作ってくださった @ykf さん、不具合や選抜結果公開情報をくださった皆様、どうもありがとうございました。

背後からパスワードを覗かれるのを慶應義塾大学ITCが妙に警戒している話

慶應義塾大学日吉キャンパスで無線LANに接続しようとして、この手の情報をまとめているITC(インフォメーション・テクノロジー・センター)のサイトを見ていたら、パスワードを入力する場面で背後から画面を覗きこまれてパスワードを盗まれることを妙に軽快していて、なにがそこまで背後を警戒させているのか謎だった。

よくわからないのは、Webで全世界に公開しているパスワードまで非表示で入力させていることで、ふつうにWebページに堂々と書いてあるパスワードをわざわざ非表示にして入力させるのは何か意味があるんだろうか。

セキュリティキーは、非表示状態で入力してください。

keiomobile2(証明書のインストール) | 慶應義塾 日吉ITC

[セキュリティキー]に、" welcome! "を入力して、<文字を非表示にする>にチェックを入れます。

ネットワーク証明書のインストール(Windows 7) | 慶應義塾 日吉ITC

 さらにひどいのは、無線LANに接続するための証明書をダウンロードするページで、証明書のパスフレーズが表示されるのだけど、マウスをかざすと1文字ずつ出てくるようになっている。

f:id:ymrl:20120914210434p:plain

  スクリーンショットを貼るだけだとこの画面のひどさをうまく伝えることができないのだけど、コピペしようとしても上手くいかないので、1文字ずつマウスを黒い部分に持って行っては、表示された文字を元のウインドウに戻って入力するというやり方になる。そんなのめんどくさすぎるので、普通の神経をしてたら適当なメモ用紙とペンを用意してマウスポインタを動かしながら1文字ずつ書き取ると思う。画面に表示されてる文字を覗きこむより手元のメモ用紙を見るほうがパスワードを盗みやすそうな気がするし、パスワードを書きとった紙が必ず適切に(シュレッダーにかけたり破ったりしてから捨てられたりして)処理されるとはとても思えない。こんなふうに覗かれ対策をするのは本当に意味が無いと思う。

ちなみに、パスワードが表示される部分の下にある「iPhone用の画面を表示する」を押すと、普通にテキストフィールドにパスワードがちゃんと表示された画面が出てくる。本当になんのためにこんな対策をしているのか意味がわからない。

正直なところ、パスワードを渡すのがどうしても必要なら、コピペ可能にしてコピーしたらすぐ閉じるようにするのが一番いいと思う。変な細工をしてパスワードを表示する画面を開いている時間が長くなるよりは絶対いいはず。

ところで、このひどいネットワークの下で明日まで展示会を開催しています。お気軽にご参加ください。

リュウゼツランの花が咲いた

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家の近くの川に以前からすごく巨大な多肉植物が生えていて、ふだんは全く気にも留めないのだけど、このあいだふと見ると大くて高い幹が立っていた。しかもその上の方にはどうも花のようなものが見えていて、なんだこれは、と思った。最初にみつけたのは7月のおわりで、このときはまだ蕾だったのだけど、今は見事に花を咲かせている。あまり美しい花というわけではないのだけど。

下は7月末の、まだ開花前の写真。

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数年前に住みだしたころからすごく立派な植物だとは思っていたのだけど種類もよくわからなくて、なんとなく葉の形がアロエに似ていたのでお化けアロエみたいに思っていた。あわてていろいろ調べてみると、これはもちろんアロエではなくて、リュウゼツランの仲間らしい。リュウゼツランといえばメキシコ原産で、テキーラの原料になる植物だということは知っていたのだけど、まさかこんな身近な場所に生えているとは思わなかった。

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リュウゼツランの花は咲くまでに数十年かかるので、それがどういうわけか100年というふうに誇張されて「センチュリープラント」などと言われたりしているらしい。日本にもそこそこの数植わっていて、ちょうどこの時期に開花しているらしい。

リュウゼツランは一度花をつけるとその株は枯れてしまうらしいので、たぶんこれからしばらくはこの場所でリュウゼツランの花をみることはできないのだと思う。藤沢に住むのは今年で最後のつもりなのだけど、最後の最後ですこしいいものが見られた気分。

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「おおかみこどもの雨と雪」での大学生の妊娠出産について思ったこと

※この記事は「おおかみこどもの雨と雪」のネタバレを大量に含みます。

このあいだの日曜日に「おおかみこどもの雨と雪」を見に行って、それからずっと大学生が妊娠するという映画のストーリーと、それを観ている自分が不安というか危なっかしさを感じてしまっていることについて考えていた。

映画の序盤は東京のはずれの国立大学に通う女子大生の花が、授業に潜り込んでいた「おおかみおとこ」の「彼」と出会い、「彼」がじつはオオカミの生き残りであることを告白され、「おおかみこども」の雪を産むというストーリーになっている。その1年後には弟の雨も生まれるのだけど、父親である「彼」はわずかな貯金を残して死んでしまう。花は2人の「おおかみこども」のためにバイトを辞めて大学を休学して子育てに専念するが、都会で「おおかみこども」を育てることに限界を感じて田舎への引越しを決意する。

僕はこの序盤について、「危なっかしいな」と思ってしまった。学生の妊娠というのは、僕にとってはそこそこ当事者性のある話だからだ(自分たちや知っている範囲ではそういうことは起きていないけれど)。周囲は小学生くらいの子どもをつれた親子連ればかりで、そういう当事者性のありそうな人が見当たらなかったのもそんな気分を増幅させた。

妊娠がわかったとき、花と「彼」は大喜びしていたけれども、花は学費と生活費を奨学金とバイトで工面している身だし、運送屋で働いている「彼」もそこまで多くの収入を得られていなかっただろう。子どもたちは人前であろうとオオカミの姿になってしまうことがあるので保育園に預けて仕事や学校に行くわけにもいかず、「彼」が死ななかったとしても花が学業を続けるのは難しいし、「彼」が子どもの面倒を見て花が学業を続けようとすれば経済的に行き詰まりかねないということは予測できただろう。それなのに避妊をせず結果として出産するというのは行き当たりばったりすぎる。

しかし映画全体からは、こういう心配こそが否定されるべきものというメッセージが漂っている。映画の中では(子どもがオオカミの姿で生まれる可能性があるので)自然分娩をしているし、田舎に引越しをしてからは「ロハスな生活」みたいなものを志向している。そんな流れの中では避妊や中絶こそが異質なもののように映るし、花は子どもたちがオオカミの姿を衆目に晒してしまうのをおそれてか保育園を使わず予防接種も受けさせず児童相談所の職員を頑なに家に入れようとしなかった。ふつう、学生をはじめ若年層の妊娠・出産の話題は、望まれない妊娠を防ぐために避妊の教育を徹底しろだとか、保育園の空き待ちを改善したり学校に託児所を設置しろというような主張とセットになっているようなものなのに、この作品にはそれらが存在しない。

この映画で描かれているのは「青年期の男女が恋に落ちれば子どもが生まれるし、親は子どもを想って育てて、周囲の人達が暖かくサポートして、子どもは立派に成長する」という世界で、そこに経済的なものを持ち込むことがたぶん間違っている。たしかに自然観察ガイドの仕事が軌道に乗るくらいまでの花の経済事情はかなり厳しいはずだけど、結果的にみんな幸せだからそれでいいんだ、というのがこの映画のなかの世界の話なのだ。

今日、ニートのphaによる本「ニートのススメ」が届いたので電車の中で読んでいたのだけど、ちょうど「おおかみこどもの雨と雪」について考えていたようなことが書いてあって、ちょっと文脈は違うのだけど引用したい。

もっと言うと、僕は「お金がないと生きていけない」とか「お金を稼ぐには働かなければならない」という事実にまだあまり納得がいってないというのがある。憎悪していると言ってもいい。それは社会では当たり前のことなのかもしれないけど、それが当たり前だって簡単に思いたくない。もっと適当に、お金なんてなくても全ての人間は安楽に幸せに生きられるべきなんじゃないのか。それが文明ってもんじゃないのだろうか。それは夢のような話なのかもしれないけど、なんかそれは諦めたくない。

「ニートのススメ」p86

まあでも、そんなこと言ってもお金は欲しいんだけど。お金がないのが不幸につながりやすいのは残念ながらおおむね真実だし。

「ニートのススメ」p87

おおかみこどもの雨と雪」に描かれている幸福は、労働という行為は存在するものの、基本的にお金に依らない幸福なのだろう。きっとこの映画を観て「大学生を(が)妊娠させ(す)るなんて」と感じてしまうのは、経済に依存した幸福観に支配されすぎてしまっているのだ。僕は(経済的にはかなっり恵まれているほうのはずだけど)学生で、学生の懐事情というものを体感的に知っているからそういう見方をしてしまうのだけど、子育てから得られる強い幸福を知っている、休日に大型ショッピングセンター内の映画館に小学生くらいの子どもを連れてくる母親父親たちはそんなことを微塵も感じないんじゃないかとか思った。

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

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嘘を嘘と見抜くこと

ネタ画像の話と関連して。

中国語圏のサイトを見て回って感じたのだけど、中国語が読めないと、中国語のサイトはどのサイトなら情報のソースとして信用できて、どのサイトの情報は信用できないというようなことが全くわからない。日本で日本語のサイトにある程度馴染んでいれば、2chにしか書いてない情報はあんまり信用しちゃいけないと思だろうし、虚構新聞のページとか民明書房からの出典は全部嘘というのは前提知識として持っているので情報の取捨選択ができるのだけど、中国語圏のWebサイトではまずどれが大手の信用できるマスコミなのかもわからない。

ふと思ったのだけど、もし○○新報みたいな名前の中国語で書かれた虚構新聞のようなサイトがあって、多くの中国語圏のインターネットユーザーはそのサイトにある記事は全部嘘だと知っているのだけど、そのサイトにある記事を日本語に翻訳して「○○新報によると〜」みたいな感じで紹介したら、多くの人が本当に中国のマスコミが報じた内容だと信じてしまうんじゃないだろうか。翻訳して紹介する人が中国語は読めるけれども中国語圏のインターネット事情にはそこまで詳しくないみたいな人だったら、起こりえる事だと思う。

そういうわけで、「嘘を嘘と見抜ける」ことは確かに大事なのだけど、「嘘が嘘だとわかるようにする」配慮だって必要なのだと思った。たとえば民明書房からの引用というのはネットスラングとして民明書房が多用されていることを知っていたり「魁!!男塾」を愛読したりしていればたしかに嘘だと思えるはずなのだけど、そうでない多くの人にとっては「そんな本があるんだ」程度に思われてしまう可能性がある。

たぶん多くの日本語で発信をしている人は、「読む人も自分と同じで、日本で生まれて日本で教育を受けた人なんだろう」という前提のうえでやっていると思うのだけど、そういうのは海外の人には通じないし、日本の人にだって通じる保証はない。そういうときに西村博之氏の「嘘を嘘と見抜けない人には(掲示板を使うのは)難しい」を引用してくる人は、無意識のうちに自分と同じような育ち方をしてきた人以外を否定してしまっていて、暴力的だと思う。

いちおう念の為に書いておくと「嘘を嘘と」を発言した西村氏を非難するつもりはありません。本来の文脈をはなれて、「情強」の人たちの錦の御旗のように使われていることは問題だと思います。

インターネット上の嘘だとわかりにくいような嘘を信じてしまったりマジレスしてしまったりするのは仕方がないことだし、それに対して「情弱」とか「嘘を嘘と(ry」とかバカにするのはそろそろやめた方がいいと思う。そんなことよりも正しい情報を伝えることのほうが大事なはずだし、嘘の情報が嘘であるということを表明する必要がある。

……と、ここまで情報を発信する立場について書いたけれども、一方で受け取る側には「嘘を嘘と見抜く能力」より「インターネット上の情報なんてどこまで信用できるかわからないんだから真に受けない能力」というのが求められているというのを忘れちゃいけないはずですよね。