いんたーねっと日記

141文字以上のものを書くところ

「おおかみこどもの雨と雪」での大学生の妊娠出産について思ったこと

※この記事は「おおかみこどもの雨と雪」のネタバレを大量に含みます。

このあいだの日曜日に「おおかみこどもの雨と雪」を見に行って、それからずっと大学生が妊娠するという映画のストーリーと、それを観ている自分が不安というか危なっかしさを感じてしまっていることについて考えていた。

映画の序盤は東京のはずれの国立大学に通う女子大生の花が、授業に潜り込んでいた「おおかみおとこ」の「彼」と出会い、「彼」がじつはオオカミの生き残りであることを告白され、「おおかみこども」の雪を産むというストーリーになっている。その1年後には弟の雨も生まれるのだけど、父親である「彼」はわずかな貯金を残して死んでしまう。花は2人の「おおかみこども」のためにバイトを辞めて大学を休学して子育てに専念するが、都会で「おおかみこども」を育てることに限界を感じて田舎への引越しを決意する。

僕はこの序盤について、「危なっかしいな」と思ってしまった。学生の妊娠というのは、僕にとってはそこそこ当事者性のある話だからだ(自分たちや知っている範囲ではそういうことは起きていないけれど)。周囲は小学生くらいの子どもをつれた親子連ればかりで、そういう当事者性のありそうな人が見当たらなかったのもそんな気分を増幅させた。

妊娠がわかったとき、花と「彼」は大喜びしていたけれども、花は学費と生活費を奨学金とバイトで工面している身だし、運送屋で働いている「彼」もそこまで多くの収入を得られていなかっただろう。子どもたちは人前であろうとオオカミの姿になってしまうことがあるので保育園に預けて仕事や学校に行くわけにもいかず、「彼」が死ななかったとしても花が学業を続けるのは難しいし、「彼」が子どもの面倒を見て花が学業を続けようとすれば経済的に行き詰まりかねないということは予測できただろう。それなのに避妊をせず結果として出産するというのは行き当たりばったりすぎる。

しかし映画全体からは、こういう心配こそが否定されるべきものというメッセージが漂っている。映画の中では(子どもがオオカミの姿で生まれる可能性があるので)自然分娩をしているし、田舎に引越しをしてからは「ロハスな生活」みたいなものを志向している。そんな流れの中では避妊や中絶こそが異質なもののように映るし、花は子どもたちがオオカミの姿を衆目に晒してしまうのをおそれてか保育園を使わず予防接種も受けさせず児童相談所の職員を頑なに家に入れようとしなかった。ふつう、学生をはじめ若年層の妊娠・出産の話題は、望まれない妊娠を防ぐために避妊の教育を徹底しろだとか、保育園の空き待ちを改善したり学校に託児所を設置しろというような主張とセットになっているようなものなのに、この作品にはそれらが存在しない。

この映画で描かれているのは「青年期の男女が恋に落ちれば子どもが生まれるし、親は子どもを想って育てて、周囲の人達が暖かくサポートして、子どもは立派に成長する」という世界で、そこに経済的なものを持ち込むことがたぶん間違っている。たしかに自然観察ガイドの仕事が軌道に乗るくらいまでの花の経済事情はかなり厳しいはずだけど、結果的にみんな幸せだからそれでいいんだ、というのがこの映画のなかの世界の話なのだ。

今日、ニートのphaによる本「ニートのススメ」が届いたので電車の中で読んでいたのだけど、ちょうど「おおかみこどもの雨と雪」について考えていたようなことが書いてあって、ちょっと文脈は違うのだけど引用したい。

もっと言うと、僕は「お金がないと生きていけない」とか「お金を稼ぐには働かなければならない」という事実にまだあまり納得がいってないというのがある。憎悪していると言ってもいい。それは社会では当たり前のことなのかもしれないけど、それが当たり前だって簡単に思いたくない。もっと適当に、お金なんてなくても全ての人間は安楽に幸せに生きられるべきなんじゃないのか。それが文明ってもんじゃないのだろうか。それは夢のような話なのかもしれないけど、なんかそれは諦めたくない。

「ニートのススメ」p86

まあでも、そんなこと言ってもお金は欲しいんだけど。お金がないのが不幸につながりやすいのは残念ながらおおむね真実だし。

「ニートのススメ」p87

おおかみこどもの雨と雪」に描かれている幸福は、労働という行為は存在するものの、基本的にお金に依らない幸福なのだろう。きっとこの映画を観て「大学生を(が)妊娠させ(す)るなんて」と感じてしまうのは、経済に依存した幸福観に支配されすぎてしまっているのだ。僕は(経済的にはかなっり恵まれているほうのはずだけど)学生で、学生の懐事情というものを体感的に知っているからそういう見方をしてしまうのだけど、子育てから得られる強い幸福を知っている、休日に大型ショッピングセンター内の映画館に小学生くらいの子どもを連れてくる母親父親たちはそんなことを微塵も感じないんじゃないかとか思った。

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