フリースタイルUIデザインバトル
さいきん、ソフトウェアのユーザーがそのUIをdisるみたいなものをよく見る。具体的にはニコニコとドラクエのことなのだけど。
- 「基本的に運営側がすることが正しいんですよ Webの世界ってそういう論理で動いてるんですよ」理論 - Togetter
- ニコニコ静画の2013年11月のリニューアルと良いUIの話 - Togetter
- ニコニコのデザインはどうしてダメなのか:mod_hideawayのブロマガ - ブロマガ
- スマホゲームの認知フェーズと本当のアーリーアダプターは誰か?!問題 | F's Garage@fshin2000
- ドラクエI堪能中、操作への酷評に「老害」という言葉を初めて感じた - 乱れなよ、そして召されなよ
- スマホ版ドラクエの「操作性の悪さ」に対する考察 - カイ士伝
ドラクエにしろニコニコにしろ、作っているのはスクエニとかドワンゴの人だけで、ユーザーは意見を言うことも罵倒することもできるけどそれは必ずしも操作性とかUXの向上にはつながらない。意見を言っている人にとっての使いやすさが必ずしも万人に共通した使いやすさとは限らないわけで、いくら製作者側ががんばって改善したところで納得しない人は一定の割合以下にはならないと思う。
ソフトウェアの根源的な価値は、目的を達成することができるかとか、その上での実行速度や使用リソースとかで判断することができる。文字を入力して保存できるとか、メールを送信できるとか、そういうのは動かしてちゃんと動けばOKだし、テスト用のコードを走らせるのもそうだし、性能についても実行時間だとかメモリ消費量だとかいろんな数字を計測すればよくて、そういう良し悪しは機械的に判断することができる。数字で測れるものであれば、どこが問題でどう改善すればいいのかということも明確にしやすい。
UIに関しても評価手法というのはいろいろと存在するのだけど、開発者が最高のUIだと思うものが本当に最高であるかを統計的に確かめるという目的で使えるというものでしかなくて、その結果から必ずしも的確な改善案を導き出せるとは限らない。開発者は最高にクールなUIを空想しながらソフトウェアを作るしかなくて、結果として作る側の人は「これは最高にクールなUIだ」とか言うようになるし、それを使う側は「このUIはマジクソだ」とかすぐに言いだす。
そういうふうに考えると、UIデザインは開発者の作家性に依存する部分が強くて、ソフトウェア開発のなかでは圧倒的にエゴい分野だと思う。だからこそ開発者のエゴと開発者のエゴをぶつけあうバトルがエンターテイメント的に成立するような気がする。みたいなことを昨日の夜にTwitterに書いた。
「○○のUIはクソ」問題、だいたいdisる人対disる人をdisる人みたいな構図になるし、飛び込み参加自由のフリースタイルUIデザインバトルみたいな感じにするのがいいと思う
— ISHIZUKA TSUNEHIRO (@ymrl) 2013, 12月 2
実際に動作するUIのデザインのコストが極端に低くなればフリースタイルUIデザインバトル実現できそうだし、UIがマジクソみたいな文脈だとABテストとか全くアテにならないしオーディエンスが判断するとかのほうがいろいろと平和そう
— ISHIZUKA TSUNEHIRO (@ymrl) 2013, 12月 2
フリースタイルUIデザインバトル、ドラクエのスマートフォン移植とかでやりたい
— ISHIZUKA TSUNEHIRO (@ymrl) 2013, 12月 2
ドラクエIをスマートフォンで快適にプレイできる最強のUIを作るコンテストとかがあったら楽しいと思う。