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いんたーねっと日記

141文字以上のものを書くところ

「私が住んでるところは田舎だよ」を言う立場から

東京都下、新宿まで電車で40分かからないところに住んでいた。 大学の近くに住むために引っ越した先は都心からは少し離れて、新宿まで電車で50分以上かかるようになった。 それでもアマゾンは当日お急ぎ便でなんでも届けてくれるし、トーキョーバイクもルイガノもときどき走っている。 小学生のころには幕張メッセまでミュウを貰いに行った。

それでもあれは「田舎」だと思う。 地方出身者からすればその態度が許せないのだろうけど、僕らは僕らなりに都心に対してコンプレックスを持っているし、 だからこそ自然と「私が住んでるところは田舎だよ」が出てしまう。

僕の実家はいわゆるニュータウンの中にあって、その住民の大半は都心に通勤する人たちで、毎朝電車に乗って都心に通勤していた。 そういう場所なので、都心に行って遊びたいと思ったら、ランチを我慢する程度のお金と往復の数時間を代償に都心に行くことができる。 テレビは関東一円同じものが放送されていて、そこで紹介されているもののほとんどは都心だし、その一方で地元の情報はほとんど流れない。

たしかに必要なものはなんでも手に入るけど、クラスのみんなと違うものはぜんぶ都心にあった。

何年か前に僕の実家の近くの小学校の女子児童が渋谷に出かけているときにデートクラブを経営する男に監禁される事件が起きた。 あのときなんで小学生が渋谷に、なんでデートクラブにという声があったけど、僕にはその理由はよくわかる。 雑誌やテレビに載っている最先端の街まで行くのにジュース2本我慢すればいいだけなのだ。 ただし、そこで最先端のモノを買ったり最先端の体験をしたりするためにはお金が必要になってしまう。

大学に入ると、また違った意味で都会が羨ましくなる。 それまでほとんど同じような境遇の人しかいない世界にいたのに、「都会っ子」という新しいジャンルの人と接することになる。 僕にとってはインターネットで関わる人たちもそうだった。 都会っ子と飲んでいると、自分だけ終電があるから23時ごろまでに抜けないといけない。 都会っ子が深夜にお腹が減ってラーメンを食べに行った話を聞くと、自宅の周りに深夜でも開いてるラーメン屋が無いことに気づいてしまう。 「電車が止まってて歩いて帰った」という都会っ子の話を聞きつつ、自宅から隣駅まで歩くと1時間半はかかるなとか考えてしまう。 電車に乗れば都会まで一本とはいえ、家から寝間着のまま歩いていけるような範囲にはコンビニすらないし、 鳴り物入りでオープンした大きなショッピングモールには車でなければ行けない。

だから、「私が住んでるところは田舎だよ」という言葉が出てきてしまう。 いくら都会に近くても、最先端のおしゃれなスポットに行くには2時間近くかかるし、毎日毎日の体験一つ一つが都会っ子とは全く異なる、すべてがダサくて垢抜けなくて不便なものに感じられてしまう。 地元はおじさんおばさんおじいさんおばあさん用のものばかりだし、ショッピングモールまで車で行っても、どこでも買えてみんなが持ってるようなものばかりが並んでいる。

一度都会の空気を吸ってしまうと、もうそれだけではダメなのだ。 だからこそ「お前たちは恵まれている!」と言われても、「でも私の地元はやっぱり田舎だから」という噛み合わないやりとりになってしまう。郊外育ちにとっては郊外育ちなりに都会は羨ましいものだ。

追記 (2013/01/17 9:23)

つまりこういうことです

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