読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いんたーねっと日記

141文字以上のものを書くところ

修士論文を提出しました

先日、無事に修士論文を提出しました。 あとは最終発表さえこなせば、修士(政策・メディア)という謎の肩書きをゲットできるはずです。 研究の内容などについてはいずれちゃんと紹介することにして、このエントリーでは学生生活を振り返る感じのことを書きます。

大学院に入った理由

大学院に入ったのは、「シューカツしたくなかった」というのと「まだ勉強不足だと思った」というのが理由だった。

もともと、大学を卒業したら何をしようとか考えが及ばなくて、 情報系の研究室にいたしインターネット漬けの生活をしていたので、 漠然と「まあWeb関係の仕事をするんだろうな」くらいにしか考えていなかった。 働くことに対する意欲もあまりなくて、できれば働きたくないしお金も生きていける程度にあればいいや程度に考えていた。

当時は今よりずっと鬱屈とした性格をしていて、ただひたすらシューカツを否定的に捉えていて、 「シューカツしたくないなー」とか思っていたらいつの間にか同期のひとたちがシューカツをする時期になっていた。 没個性的なスーツを着て没個性的なプロフィールを書いてとにかく周囲に合わせて行動するというのが本当に嫌だったし、 シューカツを理由に授業を休む人がたくさんいるのを見て、こんな自由のない生活になるのは嫌だと思っていた。 加えて、当時は「意識の高い学生」みたいなキラキラした人たちに対して必要以上に激しい憎悪を抱いていて、 そういう人たちが「学生時代に学生団体のリーダーシップを云々!」みたいなことをアピールしてるところに行きたくなかった。 そういうアピールが有効にはたらくような場所では根暗でインターネット漬けの僕は絶対に負けるし、そんな土俵に立ちたくなかった。

学部の頃、同期のなかではプログラミングができるほうだったのもあって、 もしそういうキラキラした人たちに勝てるとしたらプログラミングしかないと思っていた。 ところが、その腕前もまだキャンパス内で上位のほうというだけだった(と当時は思っていた)。 僕のいたキャンパスは日本のインターネットの父がいたりするし、 学生はPCを持ち歩くのが普通だし、世間的には情報系に強いイメージだと思う。 ところが実際はそうでもなくて、まあ必修科目だからプログラミングはするけど、 Hello worldしてwhile文が書ければそれで終わりという人も多いし、 研究室も情報系とはいえガリガリとコードを書く感じではなかった。 そういう環境で育っているので、周りの技術力は信用できなかったし、 そんな集団の1人である自分の技術力も本当に通用するものなのか疑わしかった。 一方でインターネットで見かけるガチの情報系学部や高専生の人はあまりに技術力が高すぎて、 とても敵う気がしなかった。

今思えばそこまで気にすることではなかったのだけど、 当時は「今のままプログラマーとして就職したら死ぬか殺される」くらいに思っていた。 Webサービスやソフトウェアを作っている人たちは本当にものすごい力を持っているように思えたし、 そういう力も無しに就職なんてしたら地獄の研修で殺されるかしかないと思っていた。

そういうふうに考えると、大学院に進学したのはほとんど逃げだった。 シューカツも地獄のような研修も嫌だし、それを逃れる力を持っていなかった。 そういう状態だったので、研究それ自体へのモチベーションは元々そんなに高くなかったのかもしれない。

研究のこと

そもそも、2年生のときから研究会(ゼミ)にいたのに、 学部の最後のほうまで研究というものが何なのかいまいちわかっていなかったような気がする。

僕が学部に入学した2007年度は、大学のカリキュラムが大きく変わった年だった。 それまで任意だった研究会と卒業論文は卒業に必要な科目ということになったし、 そのせいなのか、僕が一般入試で出された小論文の問題は「あなたが教授だったらどんな研究をしますか」というもので、 資料は2007年度からの授業のリストだった。 1年生のときには先生たちが自分の研究を週替りで紹介するような授業も受けさせられた。 その変化と、変化を迎えた先生たちの熱意もあって、当時は否応なしに「研究」を意識させられた。

ところが、その「研究」が具体的に何なのかはあまり説明されなかった。 もしかしたら毎回1限に開講されていた授業だったし、だるくて毎回寝ていたせいで聞いてなかっただけなのかもしれないけど。 どの先生も、自分のプロジェクトで作ったものであるとか、TVで紹介されたときの映像であるとかを紹介するのだけど、 では研究者というものが普段どういうことをして研究生活をしているのかということは全く説明されなかった。 論文とか学会のこととか、この研究者がこういう理由ですごく偉いとか、そういう話はほとんど知らないままだった。

そんな状態で2年生になるとき、研究会を履修しなきゃいけないという意識になって、研究会を選んだ。 選んだ基準はWebサイトに研究成果として載っている作品が面白かったことと、 候補にしていたほかの研究会と比べておしゃれっぽいことをしていたこと、 そして昔使っていたソフトの作者がいたことだった。

普通の研究室だと、先輩が後輩の面倒をみる制度が確立していたり、先生がテーマを提案してくれたり、先輩のテーマを後輩が引き継いだり、 プロジェクトをグループで進めていたりしているみたいだけど、 僕の入ったところはそういう仕組みが一切なくて、個人がやりたいことをやりたいように進めていた。 おかげで好き勝手に自由なことができていたけど、学会とか論文みたいな具体的な目標もなくて、曖昧な進め方をしていた。

研究会ではいろいろとプログラムを書いたりしていたけど、どれも研究とは言いがたいようなものばかりだった。 学部の4年生になって、英語の論文を読んだり自分で学会投稿論文や卒業論文を書いてから、 ようやく論文というものがどういうものなのか、なんとなくするようになった。

大学院生活

大学院に入る直前の2011年3月11日、東日本大震災が発生した。そのせいで授業の開始が1ヶ月先送りされた。 この1ヶ月のあいだ、何かもっとためになる行動を何かしていればよかったのに何もしていなかったのは大学院生活でいちばん後悔するべきだったと思う。 毎日寝て過ごして、起きたら夕方だったなんていうこともよくあった。

1ヶ月のニート期間が終わると、怒涛の授業が始まった。 1ヶ月休みだった部分をカバーするために、1ヶ月に1回か2回は日曜日に授業があったし、 当時はバイトの掛け持ちもあったので、心休まる日が2週間に1日なんていうこともあった。 この学期は本当にまともな研究をしていなくて、 もし2011年3月からやり直せるのならここでバイトの掛け持ちとか断ってちゃんと研究活動をしたいと思う。

大学院で一番よかったのは、大学院のネットワークの管理運営に関わる仕事をできたことで、 このおかげで情報系のほかの研究室の友達ができたし、 なによりそれまで自己流だったサーバーやネットワークの管理のちゃんとした知識が得られた。 僕の研究室は情報系としてはゆるふわな感じで、ほかの情報系の研究室からは若干孤立している感じがあって、 本当にガチ情報系の人たちと知り合う機会はほとんどなかった。

2011年の秋学期には、後輩の学部生の発言を見て学内向けのWebサービスを作った。 これは2012年の秋学期まで稼働させた。

とはいえ、研究のほうはあんまりパッとしなくて、 修士1年のころの論文は0本だったし、自分でもまともに成果が出ずに悶々としていた。 震災のせいで出鼻を挫かれたという気分もあるけど、これは正直に自分のせいだと認めざるを得ない。 修士2年になってようやく修論のテーマが定まって、やっと研究らしくなった。 今年は修士論文以外にも論文を2本書いたし(1本は第2著者だけど)、もっと早くこういうモードに入るべきだったと思う。

学生生活の終わりに向けて

10月の頭に、それまで住んでいた大学の近くの家を引き払って都内に引っ越した。 卒業後は現在のバイト先でそのまま働くことになって、会社の近くに住んで半年間はそこから学校に通うことにした。 あたらしい家から学校まで2時間近くかかるので、週1回か2回は学校に泊まるような生活をして、 そのために研究室の僕の席の後ろにキャンプ用のベッドを常設して、 修士論文を書く頃には鍋とかザルとかの簡単な調理器具も持ち込んだ。

大学の近くの家は、新宿まで出るのに1時間半近くかかるような場所で、 生活に不便はないけど動きまわるのにはいろいろと不便だった。 なにより、深夜まで学校で作業してそのまま朝まで研究室で寝ているなんていう生活をするのであれば、 わざわざ学校の近くに住んでいる必要がなかった。 中途半端に都心に行けてしまうような場所に住んでいると、都心に行くような用事も案外多くて、 そのたびに1時間以上電車に乗って片道500円以上のお金を払うのが嫌だった。 定期券さえ買ってしまえば、学校以外の用事はほとんどが都内だし都内に住んでいる方がいろいろと都合が良かった。

10月の中間発表が終わって、修士論文の執筆に向けて、とりあえず学部のときに同期が作った卒業論文のテンプレートを修正して修士論文のテンプレートを作った。 修士論文はGitHubにPrivate Projectを作って管理して、大学院の同期3人でお互いをCollaboratorにして進捗を共有した。 12月の半ば頃からは、いつでも誰かしら大学に泊まっているような状態で進めた。 最終的に僕の修士論文は70ページを超えた。

修士論文を提出したとはいえ、まだ最終発表は残っているし、 これから2つも学会に出ることになっているので一段落というだけでしかない。 まだまだいろいろとやることがある。

大学院に入って何が学べたかというと、まだいまいちわからなくて、 なんとなく2年間を過ごしてきてしまったような感じはする。 ただし学部生の頃と現在とで一番違うのは、あの頃は自信もなく働くことにもネガティブだったことで、 今はとりあえず自分が何をできるのかわかっているつもりだし、それが生かせそうな場所も見つけている。 そういう意味で大学院の2年間は無駄ではなかったと思う。 とはいえ、大学を出たあとの2年間を、現在の大学生全員が大学院で過ごして幸せになれるとはとても思えないし、 正直なところ、何も考えずに誰に対しても進学を勧められるというわけではないように感じている。 やっぱり、何かを探求するようなことが好きで、それに向けて自分から動けるような人でないと2年間を無駄にしそうな気がする。

研究という行為自体に対する気持ちも薄れたわけではなくて、 むしろ大学院生活の終わりにさしかかるにつれて楽しくなってきてしまったのだけれども、 とりあえずしばらくは別のことをしてみるのがいいかなと思っている。 博士課程を勧められることもあるのだけど、今はそれをするときではない。 とりあえず今は修士課程の卒業までのことしか考えられていなくて、 卒業後に就職してどういう生活をしていくことになるのかまったくわかっていない。 博士課程は3年かかるし、3年間の生活といろいろな活動と、 それで得られるものを天秤にかけるにはまだ早い。

ひとまず、これから先の活躍に(ほどほどに)ご期待ください。